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明治時代の福祉行政

 ラオスへの出張前には、ラオスの労働・社会福祉行政は、日本でいえば戦後の1950年代のような状態だろうかと想像していた。しかし、調査をしてみると、法制度の整備状態という点では、日本の明治時代のようなものであった。
 法制度で整備されているものは、労働行政、公務員や退役軍人に対する年金等の福利厚生、2001年から実施されている民間企業を対象にした社会保障制度(医療保険制度と年金制度を組み合わせた制度)にすぎない。それも、法令がつくられているのは労働法だけで、あとは、デクリーとよばれる首相布告や省布告で実施されている。これらのデクリーは政府全体でたくさんあり、政府内部、場合によっては省内部においても、関係部局以外には知られていないものが多いという。
 そこで、現在、日本政府は、JICA法制度支援プロジェクトとして、法務省からラオスの司法省に専門家を派遣し、法制度の体系的整理や裁判官等の人材育成事業を実施している。
 社会福祉分野の基本的な制度である公的扶助(生活保護)は、法制化されていないし、老人福祉や児童福祉等の分野でも、全国統一的な制度や施策は実施されていない。低所得者に対しては、米の援助等の措置があるが、行政裁量で行われている。
 以前紹介したとおり、ラオス政府は、2020年までに貧困地区をなくしていこうという「貧困撲滅計画」を実施中である。この計画を確実に推進していくためにも、生活保護法のような公的扶助法を定める必要があると考えられる。しかし、一方で、現在のラオス政府の財政状況では、仮に法律に国の義務を盛り込んだとしても、現実には実施できないという問題を抱えることになる可能性が高い。
 ビエンチャン市内の民間企業の労働者を対象に始まった社会保障制度は、ILOの支援などを受けつつ、将来、市場経済の規模が拡大すれば制度として発展していく可能性はある。しかし、一方で、医療保険制度で保障されるはずの医療サービスを受けられる医療機関の不足や、年金保険制度に対する信頼性の問題を抱えている。


力を入れている労働行政

 労働行政については、労働者の権利を保護する労働法を整備していることからわかるように、社会福祉分野よりも制度化が進んでいる。ただし、この労働法について、民間企業サイドからは、労働者保護の観点が強く企業には負担となるので、民間企業の誘致促進という政策のためには見直しが必要ではないかという意見も聞かれる。
 労働行政の中では、職業訓練に力を入れている。毎年、6万人の若者が労働市場に参入しているが、職業能力が欠けているために、雇用者側とミスマッチが生じている。そこで、職業訓練校を充実させて、若者を始めとした求職者の技術向上を図っている。ビエンチャン市内にある労働社会福祉省直属の職業能力開発センターでは、700人が研修を受けている。ここでは、日本の援助として、日本人のシニアボランティア4名が講師や運営に対する指導を行っているほか、パソコン等の支援を行っている。また、韓国政府が資金援助しているラオス・韓国職業訓練校が、本年秋の竣工を目指して建設が始まっている。ラオス労働社会福祉省は、地方都市にもこうした職業訓練校を整備したいので外国の支援を要望している。ただ、同省が管轄する職業訓練には、農業分野が除かれているのが残念な点である。ラオスの国情から判断すると、農業分野が最も手近な産業分野であるため、農業技術の指導・向上等に関する職業訓練の充実が重要である。


当面の支援策

 ラオスの労働社会福祉行政に対して、どのような支援が有効であろうか。今回の調査の終盤となる3月19日、労働社会福祉省の全局の参加による筆者の調査報告会が開催された。その中で、筆者が第一にあげたのは、労働社会福祉省の職員が業務を適切に遂行できるように、その知識や技術の向上を図るための行政研修の実施である。
 ラオス労働社会福祉省は、新しくできた省であり、国内に社会福祉関係の大学の学部もないことから、職員は、労働社会福祉行政の専門的知識を有しているとは言いがたい。このことは、どの部局に対するヒアリングでも、「カネがない」「設備がない」「人(スタッフ)が足りない」という「3ナイ尽くし」の言葉で表現されていた。社会福祉制度創設の検討の前に、まずは省の基盤整備、すなわち人材育成が最重要課題に位置づけられる。
 現状では職員研修についても予算がない、という状況であるので、JICAの事業予算を活用してモデル的に実施し、いずれは日本政府の援助プログラムとして充実させることも可能であろう。


ポーペンニャンの国

 生活水準や所得水準が低い、農業以外は雇用の場が少ない、乳児死亡率が高く平均寿命が短い、社会保障制度もほとんど整備されていない。こうした国のラオスからみると、日本は、「天国」のような国である。高い生活水準、医療や所得保障の充実、モノにあふれた日常生活。しかし、その日本では、人々は仕事に追われ、ストレスを抱え、老後に不安を持ち、自殺する人も多い。スローライフのラオスとは対極にある。
 ラオスの山村を訪問すると、子ども達をはじめ村人達が大勢集まってくる。皆、少しはにかんだ笑顔を見せる。子ども達は、カメラを向けると逃げ出してしまうが、それでも並んでもらって写真を撮り、デジカメの液晶モニターに写っている姿を見せると、大喜びをする。素直な感じそのものである。村人達は、客人に対し手作りのどぶろく(チャー)を振舞ってくれる。古き良き日本の村の雰囲気が残っているように感じられる。
 ラオスにいると、人生は細かなことにこだわらず決してあせる必要はないという気にさせられる。ラオス国民が良く使う言葉、「ポーペンニャン」(気にしないで)の精神である。
 ラオスで日本のような社会保障制度を構築していくためには、道のりははるかに遠いだろう。ただし、ラオスの人々や社会が持つ地域共同体的な連帯を生かしながら社会保障制度を考案していくと、日本とも異なる「アジアの社会保障」を構築できるかもしれない。そこに、日本の支援が役に立てば、ラオス・日本の双方にとって喜ばしいことだろう。ラオスの今後の発展を祈念して、本連載を終わりにしたい。

ラオス労働社会福祉行政の課題と将来

【 週刊社会保障 2004.8.23 №2296(法研) 】

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